四月

                  節句 

 三月の末のころから、日当たりの良い枯れ野に芽を出したよもぎを摘む。一日に、摘んだよもぎの草餅と紅白の餅をつく。そして甘酒麹(あまさけこうじ)をもとに白酒もつくる。

 町の雛市(ひないち)で、初節句の子供のいる家へ贈る雛を買う。この土地では男女の区別はない。

 二日は雛飾り。昨日ついた三色の餅を大小の菱形に切る。それを色ごとに三枚重ね、中央に椿の花を一輪さして雛壇に供える。白酒も一日温度を加えるとほどよく発酵する。さらに石臼でひいて米粒をつぶして、一升瓶に詰めて雛壇に供える。雛菓子も買って供える。

 三日、嫁は子供を連れて餅を土産に里へ行く。

 よもぎと、前後してみつばが芽を出す。秋野菜から春野菜に切り替わる端境期(はざかいき)で、汁の具やおひたしに重宝がられる。ちょっと石油臭いのが気になるが、いかにも新鮮なみずみずしさがある。四月中ころまでがしゅんである。他の野草がしげるころには味は落ちる。

 中旬、みつばにかわって原野に「わらび」が出る。日当たりの良いところからで、わらびを専門に扱う仲買が店を開く。婦女子や子供にはかっこうの小遣いかせぎ時である。

日曜日はもちろん、学校から帰ればカバンをほうりだして風呂敷を持って山に向かう。運が良ければ二、三時間で一貫目(三、七五キロ)も採れることもある。一貫目が十五銭にはなる。農家で日雇い人夫の日当が五十銭の時代だ。足が丈夫の婦人は仕事にする人もいた。何分にも原野の面積が多いのと、わらびに限ってどこの家の持ち分でもとがめられることはない。

   二十八日               

 黒滝山不動寺の例大祭である。ここ黒滝、小塩沢の二つの集落にとっては一年で一番のイペント。谷間の里、季節は最高。どの家も赤飯を炊いて祝う。

 標高八百メートル。遅い春、燃える新緑、ひとつ花と岩つつじが競ってかざる屏風のような岩山に、終日読経の声と鐘の音がこだます。寺の境内や参道には屋台店が軒を連ねて、ごったがえす客を呼び合う。

 小学校はこの時期、先生の家庭訪問で授業は午前で終わる。わらび採りでかせいだ小遣い銭を持つ子供が登る午後になれば、にぎやかさも最高調。講で参詣に来た人たちが、寺のふるまい酒に酔って、歌う人、踊る人、わめく人、あげくの果ては派手な喧嘩も珍しくない。

 どの家にも泊まりの客、参詣に来たついでに寄る人で終日にぎわう。農の五月を控え最後の祭りなのである。                 

 小塩沢に読書会という若者の組織があって、毎年、寺の境内に店を出して資金かせぎをした。

 前日の二十七日に会員(二十人程度)総出で午前は芋串つくりをする。里芋を洗って蒸したり竹串をつくったり、たれの味噌をつくる。午後は仕入れた品物を背負子(しょいこ)で寺まで、約一里(四キロ)の山道を運んで店つくりをする。

 二十八日は、天気が良ければ四時ごろには仕入れた品物は売り切れる。この日一日で会の年間の運営費はかせげる。

 桑園や麦畑、白地(作物のない畑)の中耕を行う。土囲いのこんにゃくの種植えの適期は、その土地の山ざくらの咲く時期といわれ、例年二十日ころから五月初旬までに行なわれた。