五老峰

 黒滝山の南に、谷をへだてて屏風のように東西に立ちはだかる岩山があります。五老峰です。

 黒滝山の西の延長線にある荒船山と同様、南牧の山には珍しく頂上は起伏の少ない、300メートル以上の尾根つづきです。平原の荒船山とちがい、こちらは、馬の背のように尖った稜線です。足場は狭いながら木立ちの中から景観を楽しむ散策ができます。

 中間地点には、見晴らし台があり、やや東よりに観音岩があります。ともに、わずかな高台ですが、さえぎるものは何一つありません。南牧を囲む山々が360度望めます。ただ、東方だけは開けて、天気にめぐまれれば下仁田、富岡の街並み、遠く高崎の白衣観音も望めます。

 観音岩の頂きには、石の観音像が長い年月を風雪にさらされながら、西を向いて凛々しく立っています。その周辺には数々の石宮があります。岩の周囲にある空洞には、合計33体の石の観音像が安置されています。山岳信仰の霊場のような雰囲気で、自然に手を合わせたくなるような気分にさせてくれます。

 さらに、東へ進むと先端は眼のくらむような絶壁で、眼下に小塩沢の集落があります。その集落の西方に、厳然と座る大仏像のような姿の幕岩があります。その頂上が、この五老峰の先端です。

 岩山だけに、人工林は麓だけで大部分が自然林なので、四季の変化に富んでいます。冬の枯れ山、春、四月下旬のかれんな赤紫の岩つつじ、ひとつ花、(やしおつつじ)が山を彩ります。新緑から濃緑に変わり、秋ともなれば、全山が紅葉に燃えます。春のつつじと秋の紅葉が、五老峰の二大イベントです。

 以上のような、素晴らしい五老峰ですが、ここへ登るのには、馬の背という起伏が多く、スリル満点の難所があります。人ひとりが歩くのがやっとの幅の道が20メートルはど、鉄の鎖が支えてくれますが、左右は絶壁です。それから十段から三十段の鉄梯子が合計五つあります。万一、ここで突風にでも吹かれれば!、思うだけでゾットします。それからは極楽浄土。

 高所恐怖症の方は、くれぐれもご遠慮ください。帰路も必ずここを通らなければなりません。

 これほど険しい場所へ、沢山の石像を運んだ先祖の人たちの一途な信仰心には、ただただ驚くばかりです。

 戦前は、旱魃(かんばつ)が続くと里人が、不動寺の龍神の滝の下で雨乞いの祈願をしたのち、そろって観音岩に登り、岩に刻まれた柄杓(ひしゃく)の彫り物に、お水乞いをしました。あれから60年以上たちました。昨年訪れた時探しましたが、風化したのでしょう、柄杓の彫り物はみつかりませんでした。