| 12月3日 | 15週1日 | 深夜トイレに行くと生理のような大出血!『あ〜、今度こそもう駄目だ・・・。』震えが止まらなかった。 夫と病院へ向かう。診察の結果切迫流産との事。かなりの出血で赤ちゃんは危険な状態だそうだ。 『この週数でこれだけの出血だと赤ちゃんが助かる可能性は五分五分です。覚悟しておいてくださ い』と先生。この日から24時間点滴の日々が始まった。 |
| 12日 | 16週3日 | 落ち着いてきたのか出血が止まった。点滴解除になった。でもすぐにまた出血。点滴再開。 |
| 23日 | 18週0日 | 出血が止まった。でも前回失敗しているので今回は点滴解除にはならなかった。 トイレに行く度にドキドキする。このまま出血が止まります様に・・・。 |
| 25日 | 18週2日 | 今日から週2回ミラクリッドという新薬を使う事になった。 先生の説明によると大学病院では使われているが民間の産院ではまだ使われていない薬だそう だ。まだ保険が適用されていないので実費になるとの事。でも効果はあるはずとの説明を受けた。 『なんとか赤ちゃんを助けてあげたい。出来るだけの事はしましょう。』と先生。 私も枕元のお守りに毎日祈っている。『どうか赤ちゃんを助けてください』 |
| 29日 | 18週6日 | ミラクリッドの効果が出たのか診察の時に『良い方向に向かっている』と言ってもらえた。 嬉しい。このまま無事に育ちます様に・・・。 |
| 平成10年1月2日 | 19週3日 | お正月でお休みだというのに担当のH先生が私のミラクリッドの為に来てくださった。 感謝、感謝である。お正月だというのに外出許可が出ない点滴組は病院に残っている。 BGMの琴のメロディーが余計寂しい気持ちにさせる。 お見舞い客も少なく病院内全体がシーンと静まり返っている。寂しいお正月。 |
| 1月10日 | 20週4日 | 点滴の刺し変え中シャワーの許可が出た。なんと入院以来1ヶ月ぶりのシャワー。 すごく気持ち良かった。とても気持ち良かったので顔がほころんでいたのか看護婦さんに 『わー、笑顔が出るようになったんだね。良かった〜!』と言われてしまった。 ちょっと落ち着いて来たので気持ちにも余裕が出てきたみたい。 |
| 1月12日 | 20週6日 | 今日から点滴の濃度が下がった。このままお腹が張らなければ近々点滴が取れるかもしれない。 24時間点滴ももう1ヶ月以上。そろそろ点滴ともおさらばしたいな。 |
| 1月17日 | 21週4日 | 点滴解除となった。久しぶりに両手を自由に動かす事が出来る。 このままお腹が張りませんように・・・。 |
| 1月22日 | 22週2日 | 診察中息苦しくなり意識が遠のいた。大騒ぎになりとりあえずリカバリー室に運ばれた。 少し落ち着いた頃担当のH先生が来て『母体が心配だからG病院で精密検査を受けた方がいい。 ここは産科のみだから今後の事を考えて大きい病院へ移った方がいいと思う。』とG病院への転院 を勧められた。同意する事にした。 救急車でG病院へ。到着してすぐに私の心臓肺等の検査をしてもらった。検査の結果特に異常は ないとの事。念の為もう何日か様子を見る事になった。 |
| 1月27日 | 23週0日 | 母体赤ちゃん共に問題無しとの事でG病院を退院する事になった。 出産までの入院を覚悟していたのでなんだか『え〜、退院しちゃっていいの〜?』という気分。 今後もG病院で検診出産の予定。 私は問題が無いのならずっと診てもらっていたS病院で産みたいんだけど駄目なんだろうか? |
| 2月3日 | 24週0日 | G病院で検診。帰りにH先生のいるS病院に寄る。 『問題無いのであればこちらの病院で産みたいんですが・・・』私の希望を伝えてみた。 返事はNO。『赤ちゃんの事を考えれば何かあった時に小児科の先生がいるG病院で産んだほうが いい。赤ちゃんは産まれて来る場所を選べませんから。』と先生。諦めました。 |
| 2月17日 | 26週0日 | G病院で検診。順調だそうだ。次は2週間後。 診察が終わって1階のロビーに降りて来るとテレビを見ていた患者さん達が『ウオ―!』と拍手喝 采。オリンピックのスキーのジャンプ。金メダルを取ったらしい。みんなとても嬉しそうだった。 |