「如月先輩ッ!」  

 場違いに高い声は,彼らの後ろからした。如月を除いた二人は、異常なまでの驚きを見せ振り帰り、戦闘体制を取った。  

 そこにいたのは、くのいちだった。  

 露出度の高い紺色の忍び装束。顔,腰、二の腕が露になっている。額に当てたれたバンダナ,耳の後ろで揃えられた短髪、場違いな可愛らしい顔。背

丈はやや低い。一言で言えば,きゃしゃである。  

 燈牙は方眉をピン,とはねあげ、如月を横目で見、

  「誰だ…?」  

 しかし如月は至っていつも通りの顔で

  「同業者の円(まどか)だ。今回,参加を申し出たから連れてきた」

  と、説明した。  

 あっけに取られていた隠念は、ふと我に返り、

  「始めまして円さん。私は,この町で和尚をやっている、隠念という者です」

  「始めまして、円です。よろしく」  

 握手を申し出た円の手を,隠念はあえて無視した。そして,やや沈んだ声で説明を始めた。

  「今回の申し出は,無かった事にして頂きたいのですが…  

 今回,私達が戦おうとしているのは、人間ではありません。化物です。私達ですら、命を落とす危険性がある。まして,今回の作業は普段とは違う。です

から,初心者の貴方がいきなりこの作業に参加するのは,賛成できません。ご理解頂けましたか?」  

 懇切丁寧な怨念の説明を黙って聞いていた円は、決意に目を光らせ

  「解りました。頑張りましょうね!」 

 と、力いっぱい答えた。  

 狐につままれた,という顔をして,和尚は首をかしげた。会話に違和感を持った燈牙は、再度如月を疑問の眼差しで見た。  

 如月は至って普通の顔で答えた。

  「天然だ」                              

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、円の同行は認められた。というか、説明が通用しなかったし、それに力を入れていても予定に狂いが生じる,と悟った隠念の断腸の思いの決断だ

った。深く同意した燈牙,それすらも予測していたかのような如月、そして何を考えているのか解らない円が反論する筈も無かった。  

 が、円を一人で行動させる訳にも行かない、という隠念の案で,円と如月は常に行動する,ということでまとまった。  

 そして二人は今,一匹目の獲物の存在を捕えた。

  「気付いたか?円…」  

「はい。しっかりと。この異常なまでの存在感…」  

 円の顔に、少女の面影はない。彼女の顔は,今や完全に『忍び』の顔だ。

  「出て来い。御前の残り時間はもう少ない。観念しろ」

  『べらべらとよく喋る野郎だ』  

 二人の後ろに殺気が膨らむ。敏感にそれを感じ取った二人は、前に跳び,殺気と距離を取ってから、正面から対峙した。

  『珍しいな。我を狩ろうとする者がいるとはな…』  

 低い声の持ち主は、緑色の肌をした猿だった。参メーターほどの背丈,男性成人の胴回りほどある二本の腕と足。汚い布が、腰と頭にかぶさっている。

恐ろしいほど赤く澄んだその目からは、狂気しか伺うことができない。

  「今すぐ、黄泉へ帰れ。そうすれば,向こうで苦しまずに済む」

  『苦しみ?感じ飽きたわ!』

  「愚かですね。全ては,己の蒔いた種だというのに」  

  『あの辛さは死者にしかわからぬ!貴様等にもいつか訪れ,我に同意する事だろう!』  

 「それが,貴様の最後の台詞だ。下らなかったな」  

 如月が『猿』の懐に詰め寄る。常人に見える速さではない。体重を最大限に利用した如月の肘鉄は、『猿』の股間に深くめり込んだ。  

 『猿』の苦痛と怒りは,一気に頂点に達した。両手を組み、如月の背骨に叩きつけようとする。しかしそこは忍び。豪快な『猿』の攻撃をさらりとかわし、後

ろに飛ぶ。 

 破壊を目的に作られた爆弾を、いた場所に残して。  

 ずどぉおおおおおおおん  

 『猿』の下腹部付近で大爆発が起こる。たまらず『猿』は二,三歩後退し、腹を抑えて冷や汗をかく。  

 『猿』は,あまりの苦痛に、音も無く背後に忍び寄っていた円に気がつかなかった。

  「せやあああああああ!」  

 気合一閃、円の渾身の正拳突きは、『猿』の背骨を砕き,貫いた。

  「浅はかだったな。安心しろ。後悔を覚える思考すら、貴様には二度と与えられん」  

 如月の嫌味と骨の軋む音が、夜の澄んだ空気に解けてゆく。『猿』は,青い血を吐き、苦痛に目を潤ませながらも尚、吠えた。

  『思いあがるな人間無勢が…貴様らこそ…直に来る闇から目を反らしているだけではないか!』

  「そうか」  

 如月は素っ気無く答えると,先ほどの爆弾を、今度は『猿』の眉間を目掛けて投げつけた。  

 轟音と共に、『猿』の魂は再び,闇へ帰って逝った。                                    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  「これで三十!」  

 燈牙の振り下ろした刀が、『骸』を真っ二つに断った。  

 燈牙の予想は当たった。死体が集まるのは,死体の集う所―――即ち,墓場。そこに行けば,一網打尽も可能だろう,と燈牙は考えたのだった。  

 予想は,良い方向に裏切られることとなる。その数は、燈牙の予想―五匹を大きく上回っていたのだった。その数,三十五。  

 百を超える『骸』が屯(たむろ)する中、燈牙の刀は唸りをあげ、死体の肉と血を撒き散らした。その様が、まだ残っている『骸』の戦闘本能を斯き立てた。

ただし、残っているのは下等な『骸』のみで、多少の知能がある『骸』はその場を退き、闇へ消えているのだが。

  「さぁ、次はどいつだ?!」

  『調子にのるなよ若造』  

 燈牙の吼えに対応したのは、真っ白な猫の『骸』。人間の様に立っているそれの手には、大きな棍棒が握られている。汚れた布は,生地の色が解らなく

なるほど,血で汚れていた。

  「フン、またたびでも持ってくればよかったな」

  『そうしたら,いい女を紹介してやるよ。勿論死体のな』

  「外道が!」  

 自分の最大速で,全体重と怒りを乗せて燈牙は『猫』に向かって袈裟斬りを放った。しかし,『猫』はそれをいとも簡単と爪で受け止め、隙だらけになった

燈牙の下腹部に棍棒を叩き込んだ。肋(あばら)を幾つか砕かれた燈牙は、そのまま後ろに飛ばされ、墓石に背骨を強く打った。

  『威勢がいいのは,威嚇だったからか?』

  「ほざけ…!」  

 燈牙の声には,覇気が失われていた。出てくるのは,赤黒い血のみ。

  『そうか否かは、その血が証明しているだろうに。それに…』  

 『猫』は、刀を受けとめた部分を見た。少し溶解しているのが伺えた

『貴様は,生来の退魔師ではないな?』  

 口に集(たか)った血を袖で拭い、しかし腰を付いたまま,燈牙は『猫』を見据えた。

  『その勢い、自身、殺気で、御前はそれを隠していた。違うか?』

  「よく喋る野郎だ…」

  『我々『骸』を狩る力を持っているのは,他ならぬその刀のみ。貴様は,それを振り回しているに過ぎない。違うか?』

  「黙れ…」

  『自己満足か?世のため人のためのつもりか?』

  「その生臭い口を止めろ…」

  『惨めだな。御前は,そうやって減らず口を言う事しか出来ない。非力さに涙が出てくるだろう?』

  「御黙りなさい」  

 速後,『猫』が蒼白く光った。『猫』は、叫び、もだえ、呆気なく,消えた。  

 場違いなほど冷静なその声は,『猫』の後ろからしていた。  

 他ならない、隠念和尚のものだった。

  「生きてますか?」

  「死んでたまるかよ…」  

 燈牙は,剣を杖に立ち上がった。

 

 

 

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